東海近辺のライフログ。
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久しぶりに万年筆を買った。
物の扱い方が悪く、大事なものでも平気でよく失くす自分ではあるが、万年筆には少し思い出がある。
高校、大学、韓国留学時代には電子メールや携帯メールなどがなかったので、遠方にいる人には手紙を書いていた。高校になってから、とくにキレイな字を書く人に憧れるようになり、できるだけ字をきれいにすることを目指そうとした。誰にも教わったことはなく、いまでも自分が納得できるようなレベルの字にはなってはいないが、少なくとも高校時代の日課としていた日記などで、毎日練習はした。そして、誰かに手紙を書くのが、当時の自分の“本番”でもあった。
当時、日記を書くときは、その日の内にちゃんと時間をとって、できるだけキレイな字で、意味ある内容を記すことを課していたので、少しずつではあるが上達はしていった。
ただ、キレイに字を書こうとすると、自分の技術の問題もあるのだが、(というか、技術がないからこそなのだろうが)道具の部分がしっくりいかない。ボールペンではペンが滑りすぎる、鉛筆は書きやすいが、手紙や清書には適さない。またサインペンでは太すぎるし、まとまった量を書けない。水性のボールペンは良いものもあるが、当たり外れが大きいし、500円ぐらいする極細ペンは使い勝手がいいものはあるが、先っぽの玉が外れてすぐに使えなくなるという問題もある……といった具合で、常に一定して“使える”ペンは少なかった。
そんな中で愛用するようになったのが、母が使っていた万年筆だった。万年筆好きの母がカートリッジ式のインクを入れ替えたり、ビンに入ったインクを吸い上げて使っているのを見て、子ども心ながらに憧れのようなものを感じたのだ。
最初は安物で、もういまは使っていない万年筆をねだって譲ってもらった。とにかくインクを早く取り変えたくて、毎日いつもいつも万年筆を使いまくった。書き方も針の向きを逆さにして書いたり、斜めにしたり、自分なりの書きやすさを追求するのも楽しかった。
そして何よりも気に入ったのは、やはり書きやすいということだ。万年筆は使い慣れてくると“使い捨て”ではなく、ずっと入れ替えながら使えるので、愛着が湧いてくるし、自分の“相棒”のような気持ちさえ抱くようになった。たった数百円の万年筆にである。
万年筆を大事に使っている自分を見て、大学に入学するとき、母はパーカーの1万円ぐらいする万年筆を買ってくれた。ピカピカの万年筆には重みがあったし、安物の万年筆よりもインクの出方が違っていた。最初は書きにくかったのだが、インクの出方もその筆だけが持つ“個性”のように感じて、ますます万年筆が好きになった。
その後は自分でインクを吸い取る方式の万年筆を買ったりするようになったのだが、大学に入ってからは次第に手紙を書く機会が減り、電子メールの時代が訪れてからは、手で字を書く機会はほとんどなくなった。
こうして過去を振り返ると、もう15年ぐらいは万年筆とは無縁な生活になっていたし、手紙も手では書かなくなっていた。
けれども、最近また自分の手で手紙を書くようになったからか、手書きの手紙をもらうとすごく嬉しいと感じる。パソコンでもらうメールはクリックするだけだし、そこにドキドキがあったとしても、ほんの一瞬で終わってしまう。
実際の手紙だと、到着してから封筒に入っている便箋を取り出すときの高揚感、手紙を読んでいるときに訪れる心の純粋さを強く感じる。それらの感覚は電子メールでは感じられないものだ。読んでいると、書いた人の気持ちが字に乗り移っているのを感じるし、その気持ちが愛おしく感じる。読者の方からもらう応援や感謝の手紙なども、自分とは面識のない人からの手紙なのに、凄く嬉しいのだ。
もう中年といわれる歳になり、自分の大事な気持ちを伝えるときのことを考えると、それが電子メールでいいのだろうかと思う。単に手で手紙を書けばいいという意味ではなく、実際に自分の手で紙の上に気持ちを刷り込んでゆく、その作業には人を誠実にさせる過程があるような気がする。
この先、親や本当にお世話になった人に、自分の心からの感謝を伝えたいときがあるはずだ。そんな場面を思い浮かべると、口で伝えるのとは違った形で文字にしてずっと自分の気持ちを形に残したいと思う。そして、そのときに使うのは自分の心からの言葉と気持ちをともに刻み続けてきた“相棒”の万年筆であればいいとも思ったりする。
物をよく失くす自分の性格では“万年筆”どころか“一年筆”にならないか心配ではあるけれど、思い立ったが吉日。なくしてはならないもの、大事にしたいものを常に傍らに抱いて過ごすことの大切さ、それを学ぶ機会が来ているんだと思う。
自分のいる事務所の横には、60歳ぐらいのダンディなオジサマがいるのだが、万年筆LOVEだった自分の昔の話を口にしたら、「私も万年筆が好きでね……」と言いつつ、もう何十年も使っている色んな万年筆を取り出し、ひとつひとつの万年筆にある思い出を話してくれた。
いつの間にか、いまの書を編むことが自分の仕事になっているけれど、仕事でも実際の生活でも、言葉に気持ちを乗せて刻む過程を大事にしながら、また新たに歩み始めたいと思う。
とりあえず“三年筆”にするところから頑張りますw
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