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東海近辺のライフログ。
『この愛のために撃て』(2010年フランス)

【あらすじ】
看護助手サミュエルと愛妻ナディアは、間近に迫った出産を心待ちにしながら幸せな日々を送っていた。が、ある日突然、ナディアが何者かに誘拐されてしまう。犯人の要求は勤務先の病院から入院中の凶悪犯サルテを3時間以内に連れ出す事。ナディアの命を救うために決死の覚悟で警備をかいくぐりサルテを外に連れ出したサミュエルだったが、警察の捜査チームに指名手配中のサルテと共に追われる事になるのだった。

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フランスもクオリティの高い映画を作るんだなあ。
息もつかせぬスピーディな展開の嵐にドキドキ感が止まらない。自分にこんな事件がふりかかったら、こんなことできねーよと何度思った。主人公はただの準看護師なのに、体力ありすぎ、危機管理能力高すぎな庶民派スーパーマン。愛の力ってすげえなあと思わされる。

観ながら「これって主人公は無罪でハッピーエンドを迎えられんだろ」と思ったんだが、最後にはすべてがうまくいく。それが映画のいいところかな。自分とは切っても切れない悪者が、ちょっと優しいのがハートウォーミングなポイント。冷酷だけどサルテ好き! 

あまりメッセージ性がどうとかを考える作品ではないけど、ハラハラサスペンス物としては非常にクオリティの高い作品。そういうのが好きな人にはお勧め!
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【あらすじ】
富豪の父親をもつ20代の女性アリス・クリードは、2人組の男に誘拐され密室にとらわれる。男たちは多額の身代金を要求しようと企むが、次第に3人の関係がねじれていき、完ぺきだったはずの計画がほころびはじめる。誘拐された1人の女と犯人の2人の男が、密室を舞台に繰り広げるサスペンス。監督は「ディセント2」脚本家のジェイ・ブレイクソン。出演は「007 慰めの報酬」のジェマ・アータートン、「SWEET SIXTEEN」のマーティン・コムストン、「ハンコック」のエディ・マーサン。
 
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今週(というか2週間)のギンレイ@飯田橋は、本格クライム・サスペンス特集inヨーロッパという感じ。
 
登場人物はたった3人なんだけど、しっかり作りこんだ作品性の高さから、そういうことは終わるまで気にならない。俺はエンドロールで気づいた。とくに前半の緊張感は凄まじく、キレキレで手際のよいプロの準備ぶりに息を飲むのだが、次第にその計画性にほころびが出る。
 
物語が進んで犯人が顔を晒し、それぞれの素性と人間関係が明るみに出てから、物語の全体像が把握でき、そこで物語のキモは“歪んだ愛情”であることに気づく仕組みになっている。いい構成だと思う。
 
あらすじには「次第に関係がねじれていき」とあるけど、最初からそれぞれの関係性は歪んでいて、犯人AとBはホモ関係(刑務所でほだされた)、誘拐された女と犯人Bは元?恋人関係。その時点でかなり歪んでいるし、そこがこの作品の最大の味付け。「愛情が絡むと、たとえ裏切られても鬼にはなりきれない」というのが鑑賞後の感想。悪人も最後までは悪人でい続けられないところにホッとしたり。
 
基本は3人の物語を描いた作品なので、全体的に警察が何にもしなさすぎとは感じるけど、そこはまあ、余分な部分なのだろう。でも、拉致られた場所から警察に結構長い時間通話したのに、なにも動かず位置もつかめずなのは無能だし、身代金をあっさり手渡して何もせず放置状態というのも、どうなのよ。
 
3人の役者の演技力も素晴らしく、緊張感が最後まで続く良作でした。
 




【あらすじ】
『レスラー』のダーレン・アロノフスキー監督と、『スター・ウォーズ』シリーズのナタリー・ポートマンがタッグを組んだ心理スリラー。内気なバレリーナが大役に抜てきされ­たプレッシャーから少しずつ心のバランスを崩していく様子を描く。芸術監督を演じるのは、フランスを代表する俳優ヴァンサン・カッセル。主人公のライバルを、『マックス・­ペイン』のミラ・クニスが熱演する。プロ顔負けのダンスシーン同様、緻密(ちみつ)な心理描写に驚嘆する。


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ギンレイ@飯田橋で観賞。以下、感想。

近年、あまり映画を熱心に観てはいないのだけど、アロノフスキー監督の作品は意外と観てる。といったも、『ブラック・スワン』(2010年)、『ザ・ファイター』(2010年)、『レスラー』(2008年)だけだけど。どの映画も彼の映画だから観に行ったというわけではなかったが、三つの作品は自分の好みといえる内容だった。

舞台芸術というものに何かしらの意義を求めて観賞することの多い自分にとっては、華やかな舞台の陰に隠れた裏側の厳しさ、舞台芸術に関わる人の内面の葛藤を追及する姿勢に惹かれてしまう。

『ブラック・スワン』と『レスラー』が似ていると感じたのだが、wikiを見るとやはり両作品はもともと一つの作品としてまとめられる予定だったが、長くなるので切り離されたものだったようだ。

アロノフスキー監督本人が「ある者はレスリングは最低の芸術と言い、またある者はバレエを最高の芸術と呼ぶ。しかし、私にとって驚くべきことは、これらの世界両方のパフォーマーがいかに似通っているかである。どちらでも、パフォーマー自身の身体を信じられないほど使って何かを表現している」と語っているのは興味深い。

もちろん『レスラー』と『ブラック・スワン』とでは映画のタッチなどは全然違うのだが(製作費が雲泥の差だったこともあるが)、表現者が演じる役と本当の自分の同一性を高めることでリアリティが増すこと、大きな歓声と名誉と引き換えに日常生活において自分の自我の崩壊に苦悩し、スポットライトを浴びる快感に依存し続ける人物像を描くところなど、確かに共通点が多い。

日本における『ブラック・スワン』の煽り方は、サイコサスペンス的なものだったので、映画の前半はやや意外な感じがしたのだが、役作りに苦しみ、徐々に日常の自分も役になりきろうとする過程を丁寧に描く様に引き込まれたし、クライマックスに至るまで狂気を帯びて豹変していく主人公ニナの存在感は凄まじいものがあった。娯楽作品としても作品のクオリティとしても、今年観た映画の中では最高のものだった。

名作は観たあとにいろいろなことを考えさせてくれるよね。アロノフスキーさんの映画はこれからも注目して観てみたい。


【あらすじ】
『ブラック・スワン』で本年度アカデミー賞主演女優賞を受賞したナタリー・ポートマンの最新作で、主演と製作総指揮を務めたヒューマン・ドラマ。“略奪女“のレッテルを貼られ、幸せのゴールを見失ってしまった主人公が、自分らしい愛の形を見つける物語。

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先週からのギンレイ@飯田橋はナタリー・ポートマン祭りで、彼女が主演の『水曜日のエミリア』と『ブラック・スワン』が同時公開されていたので観てきた。

以下、『水曜日のエミリア』を観た感想。

結末がありきたりじゃないのが現実的でむしろ好感が持てたんだけど、ポートマン扮する主人公のエミリアのいいところが少なかったのが気になった。

旦那のジャックは最後に我が子を守るためにエミリアと別れることを選択するけれども、ずっとエミリアを必死でかばおうとするし、悪役にしか見えない前妻キャロリンもビシッと最後には決めてくれるし、継子のウィリアムも、後妻のエミリアに歩み寄ろうとする姿が見えて徐々に感が持てるようになる。また、エミリアの父も過去の自分の過ちを見据えながら娘や家族に正直であろうとするし、彼女の母は常に寛大で主人公の味方だ。

なのに主人公エミリアのいいシーンが……少ないんだよね。

自ら招いたこととはいえ、タフなシチュエーションの中で自分らしく頑張ろうとする彼女は魅力的な人物だと思うんだけど、そこがうまく描かれていない。キャロリンの過保護で過干渉な教育方針とは違い、自然で逞しくウィリアムを育てようとする彼女の教育方針もどこか中途半端だし、昔、浮気をして離婚した父をまったく受け入れず激しく罵ることで、略奪してまで結婚した旦那を間接的に攻撃するなど、見方によっては他人の家庭を引き裂いて略奪したうえに、やりたい放題して挙句には追い出される女と見えなくもない。

自分の初めて子どもが産まれてすぐ亡くなったという不運もそうだけど、確かに現実社会ってすんなり物事が運ばないんだけど、あらためてそれを映画で見せられてもなあ。

いちおう映画の最後には旦那や継子と以前より素直に交流できるようになっていたし、自分の子どもの死因を巡ってお互いにちゃんと向き合った前妻キャロリンが妊娠・再婚したことで、彼女とも険悪ムードはなくなっていた。典型的ではないにしろ状況が好転して終わったので、一種のハッピーエンドと言えるのかもしれない。それでもかなり弱火だけど。

「こんな映画見ちゃいけない」なんて批評する人もいるようだが、僕はそこまでは思わないにしても、ぶっちゃけ別にドラマでやればよかったんじゃね? とは感じた。


【あらすじ】
1970年代のフィンランドの片田舎を舞台に、人を寄せ付けない元囚人と悩める人々を癒やす盲目の牧師との繊細な交流を描き、各国の映画祭で称賛された感動的な人間ドラマ。刑務所を出所したヒロインが牧師のために手紙を音読する日々と、二人の心に宿る絶望と希望とを淡々とつづっていく。監督は、フィンランドとスウェーデンで活躍するクラウス・ハロ。

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前回観たのが『ジュリエットからの手紙』だったが、今回は『ヤコブへの手紙』というタイトルのフィンランド映画。愛する飯田橋ギンレイにて観賞。以下、その感想。


頑なに心を閉ざした元終身刑のレイラがいかにして心を開き、人間性を取り戻していくかが、この映画のテーマ。最初は牧師のもとに届く手紙の内容と、ありきたりに思える牧師の祈りの言葉は、レイラにはまったく届かない。そればかりか手紙の存在を全否定し、恩赦を願い出た牧師を偽善者扱いする。

けれども、手紙が届かなくなってみるみる衰弱し、「自分は神にも必要とされなくなった」「誰かを守っているつもりだったが、実は手紙が私自身を守ってくれていた」と絶望する牧師を見て、彼女の心が次第に揺さぶられる。

善良な牧師でさえ、神から見放されたのを見て絶望したからか、牧師の願い出を拒否し、家を出ていくことを決心するレイラ。しかし、元終身刑のレイラに行くあてなどあるはずもなく、牧師館で自殺を図る。そんな中、自宅に戻ってきた牧師の「いてくれてありがとう」という牧師の一言で、レイラは人間性を取り戻していく。

最後のレイラの告白は涙なしには観れないし、牧師から初めて手渡された姉からの祈りの手紙を読むシーンは忘れられない。あれほど不遜で無愛想だったレイラが、つい可愛く見えてしまったほど(笑)。

初めて観たフィンランド映画だったのだが、内容はわずか75分、出演者はほぼ2人だけという簡素な作りで、台詞も少なく、大げさな笑いも涙もなく、特別な仕掛けもない。それなのに、じんわりと心の奥が温かくなって涙が止まらなくなる、いい映画だった。

荒涼として底冷えするような北欧が舞台であるためか、人の温かみがしみじみ感じられ、自分を必要としてくれる者、自分を心から理解してくれる者がいるだけで、人は生きられるというメッセージがすんなり入ってきた。

「ロミオとジュリエット」のジュリエットが生まれた家には恋の悩みを綴った手紙が世界中から寄せられる。この物語はそこにずっと眠っていたある一通の手紙からはじまる…。

8月に観た映画を思い出して感想を記述。

20~30代とシニア層の二つの世代を意識したロブロマンス。
ベタなストーリー、ラブロマンス特有の上げて下げてハラハラさせる展開が、観る人に感情移入させる……はずだが、男一人で観ていたからか、自分がターゲットから外れかかった40手前の年齢だからか、自分はやや引き気味に観てしまった。

もうこの歳では典型的なラブロマンスにはまり込めないのは仕方ないのかも。

この映画を観た数週間後、自分は偶然イタリアを旅することになり、のどかなイタリアの田園風景を目にすることになるのだけど、そこで恋愛も食事も人生も心から楽しもうとするタリア人の気さくさを目の当たりにした。

映画を観る前にイタリアを旅していたら、もっと感慨深く見れたかもしれない。ただ、こんな俺でも実際にイタリアを観てしまったら、舞台がイタリアならどんな恋もドラマチックになってしまいそうなことは理解できるようになった。

吃音に悩む英国王ジョージ6世が周囲の力を借りながら克服し、国民に愛される王になるまでを描く実話に基づく感動作。

8月に観た映画を思い出して感想を記載。

前評判は聞いていたし、アカデミー賞を受賞したことも知っていたので、少し期待して観たが、ちょっと肩透かしかな。正確に言うと、所々で涙をこらえるところはあったけれども、もっと泣けるのかと思った。

療法の詳細が吃音治療の経験がある脚本者によるものであるとはいえ、“創作”だったためか、吃音を克服してスピーチを成功させるまでの高揚感がやや物足りなかった。

とはいえ、吃音克服のカギとなったのは問題点の認識とトレーニングではなく“階級を超えた友情”であった点に好感が持てた。人間はどんなに偉くなっても落ちぶれても、自分のことをイーブンな立場で話を共有できる存在が必要だもんな。
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元『kamipro』編集部員。現在は東京を脱出して三重県在住。フリーライター、通翻訳業は継続中。
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