東海近辺のライフログ。
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瑛太と松田龍平が主人公の便利屋を演じ、ワケありの客たちとの出会いとエピソードをつづる。
「邦画は期待せずに観る」が俺のモットー。結論から言うと、この映画は“当たり”。これはけっこう好きだ。
日本のタレントや俳優には全然詳しくないし、瑛太や松田龍平が出た映画を観たのも今回が初めてだと思うのだが、両者ともに役者として強い魅力を感じた。とくに松田龍平は、なんというか、そばにいてもらうと妙に落ち着く“理想の友人像”を見事に体現していた。自分の生き方を絶対に否定しないし、たとえ間違っていてもずっとついて来てくれるような、何とも温かみのあるたたずまいが魅力的。他の二世俳優が成功しているのかどうかは知らないが、彼は自分自身の演技力で世に認められる存在だと思う。
瑛太の自然な演技も好感が持てたし、後にじんわりと余韻の残る邦画がもっと観たくなった。
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百年続く津軽蕎麦の店「大森食堂」の4代目になる主人公の物語。
8月に観た映画を思い出して感想を書く。
「邦画は期待せずに観る」が俺のモットー。結論から言うと、この映画は“ハズレ”。
オリラジ、別に嫌いじゃないけど、この作品が彼らでなければならない理由はどこにも見当たらないし、むしろ彼らをキャスティングしてしまったことでストーリーと内容に軽さが加わってしまった感がある。
内容も恋愛的な要素を絡めて娯楽作を狙ったあざとさが目についたり、のちに蕎麦屋の嫁となる同郷のカメラ屋の娘に関する話など、正直要らないのではないかと感じた。内容を厳選すれば1時間ドラマで済むし、そもそも映画にする必然性があったのかすら疑問。
こういうのを観ると「邦画を観る時間はムダ」という偏見を否定しがたくなる。
ジョギングが日課の裕福な妻が、心臓発作で倒れた夫の代わりに雨傘工場を任されたことで意外な才覚を発揮していく人間ドラマ。フランソワ・オゾン監督作。
5月に観た映画を思い出して感想を記載。
フランソワ・オゾン監督……? ま た お ま え か!
今度は『リッキー』のような失態は演じてくれるなよ! と思いつつ観た…のだが、まあそこそこハートウォーミングな内容でした。
世間知らずで自分の世界は家の中だけという母ちゃんが、旦那が倒れたのをきっかけに意外な手腕を発揮して青春を取り戻すという内容。で、実際に自由に自分自身を発揮しながら生きていくと、結婚前のはつらつとした自分を思い出してきて、家族関係自体も以前よりはより率直で健康的な関係性へと変わっていく。
どんな境遇にあっても「人生は楽しいは取り戻せる」というメッセージを気取りなく描いた作品としては、まあいいのかも。
ブエノスアイレスに住む孤独な中年女性が唯一心を許すペットの猫に死なれ、失職し、ペットの埋葬資金を稼ぐためになりふり構わず奮闘する姿を描くオフビートなアルゼンチンコメディ。
残酷な宣告を受けた老婆の新たな人生の冒険記といった内容なのだが、全体的に登場人物の絡みと展開がシュールすぎる…。
何十年もの間、一日のすべての時間が分刻みで決まり切った生活をしていた主人公にとっては、二つの仕事を解雇されたことによって、人生の様々な苦しみと冒険的な新たなチャレンジを経験してたくましく生きる術を覚えていくさまに温かみを覚えはするが、そもそも解雇された後にしんだ猫の埋葬金をどうするかという最初の設定があっけなく解決して映画は終わり。
全体的にクライマックスというか、不安と達成感の振り幅がとても狭く感じた。
世界的彫刻家イサム・ノグチの母親であるアメリカ人女性、レオニー・ギルモアの波乱の生涯を描いた伝記ドラマ。主演エミリー・モーティマー、中村獅童。
5月に観た映画を思い出して感想を記載。
イサム・ノグチに焦点を当てたいのか、彼を産んだ母親のレオニー・ギルモアに焦点を当てるかで、映画の質はかなり変わるはずだが、どっちつかずの内容で一つの作品として未整理な印象が強く残った。
イサム・ノグチに触れたいのなら、母親目線や父親との関係性にあれほど多くの時間を割く必要はないし、母親が中心ならイサム・ノグチとの関係性をもっと絞り込んで描くべきだと感じた。
監督は自分が何を表現したいのか取捨選択をすべきだったのではないか。内容としては雑多で消化不良の映画と感じた。
フランスのフランソワ・オゾン監督が手掛けた新しい形の家族の再生物語。
これも4月中旬に観た映画。思い出しながらレビュー。
ファンタジーというには、あまりにも稚拙な内容で失笑しまった映画。
貧しい家庭に生まれた子ども(リッキー)の背中に羽根が生えた! というトンデモ設定がストーリーの肝。結局この子どもが原因で夫婦(にはなっていなかった)は別れてしまい、周囲にもバレてしまってテレビにスクープされて近隣十人からの奇異の目にさらされるというドタバタ展開の中、「あの子どもは金になる」と思った父親が家に帰ってきて、金を目当てにテレビのインタビューを承諾しようと持ちかける。
迷った母親だが、結局金に目がくらんでテレビのインタビューに出ようとした矢先に、羽根の生えた赤子のリッキーは飛び立ってしまって行方不明に。
母親はリッキーを探すが、見つからず自殺も試みるができず、家へと帰る。するとなぜかリッキーがいないまま父親と母親は寄りを戻し、リッキーがいないまま親子3人(子どもはもう一人いた)は楽しく暮らしましたとさ、という内容。
リッキーの行方不明の理由は分からないし、いなくなったまま話は終わるし、そもそも金目当てで寄りを戻そうとした父親と金目当てでテレビの取材を受けようとした母親の話など、どうでもよくなっていきなりハッピーエンドになる。
シュールすぎるやろ! と言いたくなる展開だが、冷静に考えて映画としては凄い駄作。というかトンデモ映画でしかない。
ドイツのミヒャエル・ハネケ監督によるクライム・ミステリー。第一次世界大戦前夜のドイツ北部の村で起こる不条理な出来事と子どもへの体罰から人間の心の中に潜む残酷な部分を浮き彫りにする。
4月中旬に観た映画を思い出しながらレビュー。
観た感想。なにやら、ヨーロッパで非常に評価の高かった作品らしいが、個人的には難解すぎて楽しめず。
現代の作品にしては時代感を出そうとして全編モノトーンフィルムになっていて、娯楽作品とはほど遠い作りになっている。
敬虔なキリスト教徒が多く住む閉鎖的な地方の村社会で起こる不可思議な事件と第一次世界大戦以後のナチスの狂気の根源をリンクさせているらしいのだが、日本人にとってはヨーロッパの歴史的背景の現実感に乏しいので、そうと説明されないとなかなか実感がわかない。
また、映画の中で起きる事件の結末も、劇中ではっきりと説明明されるわけではないので自力で見つけ出さなければならないのだが、自分にはよくわからなかった。ということもあって、3時間ぐらいの大作なのだが、かなり我慢を強いられた。
抑圧的な教義の反動が“狂気”を生むというメッセージをちゃんと受取れなかった自分が未熟なのか、映画が難解すぎるのか、判断に困る内容ではあった。
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